一般的に”幸せ”とされる人生を生きるだけが、幸せではない

幸せってなんだっけ的なことについて考えてみました。
自分が死ぬ瞬間に自分の人生を振り返ったときに、「幸せな人生だったなあ」と思いたいものですね。

一般的に”幸せ”とされる人生

一般的に”幸せ”とされる人生って、どんな人生だろうかと考えてみました。

ちなみに、タイトルでお分かりの通り最後には逆説的に締めるのですが、今から挙げる「一般的に”幸せ”とされる人生」を否定するつもりはありません
というか、「こんな人生を送ってみたいと思うか?」と問われれば、「もちろん!」と答えたい人生です。

愛し合う人がいる(恋愛的な意味で)


愛し愛されるパートナーがいるというのは、この上なく幸せなことです。
恋愛しているしている時期は、「恋愛している時間が一番幸せだな」と思うものだと思います。

確かに盲目的かもしれませんが、心から幸せが溢れるような感覚はなかなか味わうことができないので、盲目でもいいのではないでしょうか。
恋愛は意味もわからず楽しむものなのかも。

ただし、愛する人から裏切られてズタズタに傷ついてしまう人も多いことを考えると、恋愛って怖いですね。

愛し合う人がいる(家族的な意味で)


大切な家族がいることを大きな幸せとする人も、もちろんたくさんいます。
「子どものためならなんでもできる」って思えるお父さんお母さんになれたら幸せでしょうね。

ちなみに、”夫婦”というのは、恋愛的にも家族的にもパートナーとなる最も大切な存在のはずです。
にもかかわらず「夫婦になった瞬間になんか冷めた」とか「結婚生活は我慢だよ」みたいな声を聞くと、ちょっと「愛しあうってなんなの?」とよくわからなくなりそうで不安になります。

収入が多い


多くの人がお金の不安を抱えています。
お金の不安がない状態は、それは当然羨ましいと思われる人生といえるでしょう。

そうはいっても、「お金はいくらあっても足りない」説もあり、比較的収入が多くても苦労するケースもあるようです。
年収10000万円クラスの家庭でも、物を買いすぎて逆に貯蓄が全然なくてお金に困る場合があるようです。
お金との向き合い方が大切ということでしょう。

生活にゆとりがある


収入が多くても激務で死にそうだったりしたら、ハッピーとはいえません。
時間に縛られずストレスの多くないライフスタイルは、価値の高いものであると言えます。

でも、それを手に入れることは、実は現代社会では相当難しい!?
お金と時間とストレスをある程度自分で調整できるような立場にあればいいのでしょうが、まあ社会はそう甘いものでもないでしょう。

親友がいる


心を開ける親友がいるのも、幸せと呼べるかもしれません。

楽しい時間を共有できる仲間がいる


大笑いできる底抜けに楽しい時間を共に過ごせる仲間の存在も重要です。
毎週末遊びに行けるような人生も、十分幸せなのではないでしょうか?

大きな夢があってそれを叶えた


夢を叶えた人生も、幸福な人生として羨望の眼差しを浴びることになります。
夢がかなった時に、心からの満足感を得られたのなら、それは紛れも無く”幸せな瞬間”でしょう。

でも、その後の生活でも満足な時間を過ごせるかどうかも、重要ではないでしょうか。
(夢の職業についても、現実が非常に厳しいというのはよくある話です。)

夢を追いかけている


夢を追いかけている人生も、幸せと呼べるかもしれません。
冒険の過程を思い切り楽しめているかどうかも、大切です。

でも結局は、幸せかどうかは自分で決めること

人生における”幸せ”というものは、他人から決められるものではありません。
自分自身で決めることです。

今回取り上げた「一般的に幸せとされる人生」というのは、=「他者から羨望の眼差しを浴びる人生」と置き換えられるかもしれません
もちろん、「それこそが幸せだ」と信じてやまない人もいるでしょう。
でも逆に言うと、他人にどう見られるかどうかなんて関係ないと思って自分の道を突っ走れる人こそ、一番の幸せ者かも。

「人生を謳歌している人」は、案外あっさりと幸せな人生に行き着いてしまうのかもしれません
自分を幸せにできるのは、結局自分しかいないので。

杉直樹
杉直樹 著者の杉直樹です。
"ライフクエスト"は、基本的にはジャンル多岐にわたる総合ブログです。
"人生をより豊かにする"と"社会をよりよいものにする"にマッチした記事をたくさん書いていけたらと思います。
お役に立てる記事があれば幸いです。